私の人間関係

よく考えてみれば、私の姉妹や親族に対する違和感と言うのは仕方がないことだと思った。何故かと言うと私は姉妹の末っ子で、物心ついた頃には姉達は私より先に行っていたので 一緒に遊んだりする事はそんなになかったというか覚えていない。私の母はどちらかと言うと教育ママで 私達姉妹は幼稚園の頃から 3つも4つもお稽古事をしていて忙しくて ぼんやり遊んでいる時間がなかった。小学校3年生の時から塾に行っていたし中学からは私立だったので家に帰って来ると遅くて 一緒に何かするとか言うこともそんなになかったような気がする。唯一覚えているのはこたつに入って一緒に見たテレビ、ララミー牧場とか名犬ラッシーとかそんなものだったような気がする。やっぱり子供は一緒に遊んだりする事によって相手をよく理解するようになるんではないかと思う。そして小さい頃からずっとよく遊んだ近所の友達とかが一生の友達になったりするけれど、私の場合は近所の友達とも姉達ともそこまで  育ってきた時の思いがない。しかも 中学から短大までお嬢様学校の女子校だったので私はどうも水が合わなかったと思う。親が決めていた学校だったしな…と言うわけで小さい頃から強情張りだった私は なんだかぼんやりして外側はお茶目で愛想が良かったらしいが、考えるとなんだか独りっぽく生きてたような気がする(笑)今になって、とゆうかこの66歳と言う歳になって初めて母が亡くなってから分析した事だけれども、私はとにかく母といた時間は姉たちが結婚してから独身の間ずっとだったので長かったし、途中で仕事も一緒にした事から 人間関係の中でも1番長い時間一緒にいたコミニケーションの強い唯一の人だったような気がする。それと並ぶのはやっぱり旦那かな…旦那は、今はお互いをよく把握して理解している親友って感じかな。子供も常にそばにいてくれたけれども成長するところが外だったし、年齢差があるわけだから住む世界はお互いに違うわけで、とても仲の良い親友って感じ位かな。私は取り巻く生活の中で いろいろな方と何気なくすぐに本音で付き合えるようになる。そしてお互いに気がくつろいで会うのが楽しみになるような方とは深く長い付き合いになる。結果的に私は関係の濃い他人と たくさんの時間を共有するようになる。結局自分らしく生きたのは20歳過ぎて大人になってからだったので、本音をぶつけて正直に自分を出して成長させてもらった相手が男の人だったので、私の場合は相手が女の人よりも男の人の方が楽に自分を出せるし、受け止めたり受け入れてもらえたりすることができるような気がする。… て言うようなことを今日は藤沢の部屋でテレビを観ながら考えている。昨日はクーロンで本当に仲の良い小沢さんと会田さんと てんちゃんと 4人でやれて 楽しかった。結局会田さんと私は 朝の8時ぐらいまでやって私だけ抜けて先に部屋に戻って眠った。起きたらなんだか頭痛がしたので熱いお風呂に入った。今は取り替えたシーツとかの洗濯中。こうやっていろんなことを考えたりする時間的ゆとりも幸せな事だと思う。母の遺言で姉妹仲良くと言うのがあるから…仲良くしようと言われても、まず好きにならなければ無理と思う(笑)だから、これからは時を重ねながらお互いをよく知り合って 良い友達になっていくところから始めたいと思う。なんたって父と母が同じ血の繋がった分身のようなものなのだから素晴らしい人としての財産になるかもしれない。やっぱり私が小さい時から ちょっと変わっていたところがあるのだと思う。洗濯中に湘南のほうのマンションをネットで見たりしていた。方位を見ると4月の引っ越しが良いようなので…f:id:chiriquunobu:20180304173621j:imagef:id:chiriquunobu:20180304173625j:imagef:id:chiriquunobu:20180304173628j:image