難しいのは死に際

母が亡くなってから、その人の望む生き様や死に方があるのを実感する。母はいろいろな意味でそれを実現した人だと思う。嘘っぽいのが嫌いだった母にふさわしい生き方で死に際だったと思う。生き方にも、死に方にもそれなりの自分の好みとか目標とかイメージがないと戸惑ってばかりのような気がする。簡単に言うと死生観かな… 人に迷惑をかけたくない。気持ちの通りに自分に接してもらいたい。そんな思いが実現するような 絶妙なタイミングで母は逝った。すばらしいことと思う。心のこもった見送りをしたいと思う。昨日は驚くほどぐっすり眠れた。午前中に葬儀屋さんとか母の郵便局の簡易保険屋さんとかが来て、午後は親戚のまりちゃんと一夫ちゃんがお線香をあげに来てくれた。そんなこんなしてる間に夕方になって、今日は泳ぐと肋骨の調子が良いと言うことがわかったのでプールに行こうと思っていたけれど、なんだか疲れて眠くなってしまって しゃぶしゃぶをして旦那と晩酌をした。9時から1階でまた今度はお通夜の食事の打ち合わせをみんなですることになっている。細かい葬儀の打ち合わせ。手作り家族葬は、やっぱり心を込めて細やかだ。ナフキン用意。

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